人生の転換点

投稿日:2025/5/10

 

人生の転換点というのは、10代20代により来るのではと思います。

筆者は40代ですが、そう望んでいるのか望んでいないのか、人生に変化は少なくなっています。

 

20歳前後は、何でも出来て簡単に日本を離れることができます。

簡単に留学にも行けます。

とろが同時に、簡単に留学に行けなくもなったりします。

例えば、急転直下結婚することになって、日本に残らないといけなくなったとか。

それでも転換点といえば、そうですよね。

大きな理由があって行けなくなるわけですから、その大きな理由が転換点です。

留学行けなくても、結婚したら大きな人生の転換です。

 

 

筆者は去年のちょうど今頃、米国に行くことを画策していました。

米国の西部地域の営業担当者の欠員が出ていて、ずっと空いたままでした。

もう1年以上も補充できていなかったので、米国オフィス側も非常に困っておりました。

 

そこで東部地域の担当者が、筆者が米国で働きたいことを知っていましたので、現地の責任者に話を通しておいてくれてました。

ところが、筆者もことあるごとに米国で働きたいとは言っておりましたが、本気とは捉えられていなかったようです。

出張したときに1週間お客様訪問の同行したのですが、その東部地域の同僚が「(筆者の名前)、お前本気だったら、ちゃんと本気と伝えろ」と言ってくれたのです。

 

その後、米国オフィスにある地域に飛び、日程の最後の最後、もう後1時間で空港に移動しなければいけない、という時に米国人の責任者に伝えました。

「当社にとって、メリットたくさんあると思う。履歴書を送ってくれ。」が返事でした。

 

筆者は、幼少時にロサンゼルスに住んでいました。担当した4年間でお客さんのほとんども会って、名前も覚えてもらっています。英語も申し分なければ、日本語話せて工場とも設計とも直で会話できるのです。製品も知っている。業界も知っている。ほぼ間違いないと思っていました。

「ロサンゼルスには住めないぞ。カリフォルニアは生活費が高すぎる。ソルトレークシティとかに住むことになっても良いのか。」と聞かれましたが、もちろん良いと答えました。むしろ、ロサンゼルスの治安の悪さをなまじ直接経験してしまっているため、全米でも非常に安全とされ、人々が優しいとされるソルトレークシティも悪くないと思いました。

 

ところが、「いいか、家族と物理的に離れるんだぞ。すぐには会えなくなるぞ。」と言われ、大丈夫だと答えましたが、ひっかかりました。

筆者の母は、家族でロサンゼルスにいた際に、父親を亡くしています。まだ幼い妹だけを連れて、お葬式のために飛んで帰ったのを覚えています。あの時、父と兄と筆者の男3人で過ごした日を、今でも結構鮮明に覚えています。

 

そして、この言葉がずっと後を引きました。

 

出した結論は、筆者は自分の子どもが成長するのを見届けたい、でした。

米国責任者に、断りのメールを送って、筆者の米国行きは無くなりました。

そして今も日本で働いています。

 

筆者が自分で断りましたので、自分の決断です。他人の誰も責められません。

子どもたちの成長をこの目で見ていたいという気持ちに従ったことは、筆者は間違っていないと思っています。